死があるからこそ、ぼくらは今を生きれるんだ。


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最近、「死」について考えることが多くなりました。

みなさんは、どれほど「死」について真剣に考えていますか?

 

 

当たり前ですが、必ず人には死が訪れます。

自分の大切な人、自分の家族や、家族や、友人や、全員にいつか必ず訪れます。

そして、自分にも必ず。

 

 

 

いつ死ぬかなんてわからない。

寿命なのか、病気なのか、事故なのか、なんのなのか。

 

 

どうやって死ぬかわかってしまったら、それこそ恐くて生きていられないでしょう。

言い換えると、死ぬ瞬間がわからないから、生きていられるのかもしれません。

 

 

 

ぼくは、あなたは、100歳まで生きるかもしれないし、ましては1時間後に死ぬかもしれない。

だれにもわからないことなのですが、確かに言えることは、「今この瞬間は生きている」ってことです。

 

 

 

死が必ず訪れるものだとしたら、

何が人生の価値を決めるかということ、「今」をどう生きるかだと思うんです。

 

 

 

「明日、あなたは死にます」って言われた時に、今日の過ごし方が変わるかどうか。

 

これはとても大切な視点だと思います。

 

 

 

最近よく考えることは、明日死ぬなら、いまの仕事や生活をしているかっていうこと。

 

もしNOという答えがでるのあれば、それはなるべく早くやめた方がいいです。

仕事にしろ、プライベートにしろ、なんでも。

 

 

なぜなら、今その瞬間にしていることは、あなたの人生にとっては価値のないことだから。

 

だって、そういうことになりませんか?

 

 

 

 

いつ死ぬかわからないのですが、ぼくは、いつでも死ぬ可能性があると強く意識しています。

 

車を運転していたら正面からトラックが突っ込んでくるかもしれない。

大雨で土砂崩れ、台風で洪水、地震で家が崩れる、通り魔、などなど。

 

 

 

ニュース見ていると、簡単に人って死んでいますよね。

 

ということは、自分も死ぬ可能性はゼロではない。

 

 

 

いつ死ぬかどうかもわからないので、ぼくは自分の気持ちに素直に生きることにしました。

 

やりたくないことはやらない。 

 

 

やりたいことをやれる人は幸せですが、そもそもやりたいことがわからない人が多い。

そういう人は、まずは「やりたくないことを理解する」ことからが始めてみればいいと思います。

 

直感的にヤダって思えば、それはやりたくないことです。簡単ですね。

 

 

 

何が言いたかったということ、

いつ死んでも、最高の人生を送ったと誇れるように一生懸命に生きていきたい。

 

それが今の自分に出来ることだと思うのです。

 

 

 

※全体的にどこかの宗教色がでていて、書き終わった本人もびっくりしていますが、ぼくは無宗教ですので、今後ともどうか末永いお付き合いをよろしくお願いいたします。w

 



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ABOUTこの記事をかいた人

1988年生まれ。2011年慶應義塾大学総合政策学部卒。某大手製薬メーカーに営業職として入社。地域医療への貢献、大学病院から全国への医療機関への製品波及に携わる。どん底からのV字復活や、営業成績全国1位など数々の賞を受賞。2017年に新しい生き方を模索するために、福岡県大牟田市の地域おこしに参画。主に「若者×地域×未来」のキャリアを描く仕組みを創るため教育事業プロジェクトを始動し、現在に至る。