諦める勇気が自分が大きく成長させる


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「諦める」

 

日本ではこの言葉をネガティブに捉えられることが多いですよね。

 

「だからお前はだめなんだ」

「継続してこそ力がつくんだ」

「そうやって諦めるやつは何をやってもできない」

 

 

挙句の果てには

 

「だからゆとりは…」

 

なんて言われることもあるでしょう。

 

 

しかし、諦めることは本当にだめなことなのでしょうか。

 

諦めるという勇気

諦めることは立派な決断であります。

この行為は自分の現状を分析した者だけができることです。

しかし、日本では諦めることに対して人格否定に近い形で責めてきますよね。

なぜそのようになってしまったんでしょうか。

 

 

 

昔から日本人は、「諦めずに努力する」ということが美徳とされ、そのヒトらを尊敬する風習があります。

 

どんなに不利な条件に置かれても、やり続けるという努力によってその壁を乗り越えて、成功を手に入れたヒトを讃える。

これは、義務教育の中でも、家庭のこどもの教育の中でもそのようなことがされてきたためでしょう。

 

だから、「諦める」ということを恐れる風潮があります。

 

 

しかし、そうした中で、今行っていることを諦めることによって、成功を手にいれるヒトはたくさんいます。

 

そのヒトらはなぜ「諦める」という選択肢を選んだと思いますか?

 

 

 

それは目指すべき姿と自分の現状を踏まえて考えたときに、

「自分には無理かも…やり方を変えなくては!」

と感じて、違うルートで成功に近付こうとした結果です。

 

これってなかなかできないですよね。

 

日本人は継続こそが美徳されているので、無理矢理にでも継続させることを考えます。「捨てる」という決断ができないのです。

 

ある程度やってみて「自分には無理かも」と思った際には、なぜそう思うのか整理する必要があります。

 

「そもそも目指す目標が高すぎたのか」

「自分の描いている姿と現実は相違がありそう」

「自分はこれを達成して何がしたいんだろう」

 

こうした疑問が出てきたのであれば、これまでの過程を踏まえて考える必要があります。

日本では、努力することが美徳とされているが故にこの途中で立ち止まることに躊躇するヒトがほとんどです。

 

 

「とりあえず、自分はやり続けるんだ。」

「ここまでやってきたんだから…!」

 

 

こうしてズルズル続けるケースが多いです。

 

言い方を変えれば、

「やめ時を失っている」

に過ぎないのです。

 

 

一度立ち止まって、

「何のために続けているのか」

 

を考えてみて、もし自分の目的と違う方向に向かっているのであれば、

「諦める」という決断は、人生にとって大きなターニングポイントとなります。

 

 

本当になりたい姿があるのでれば、

 

目的は諦めず、手段を諦める

 

ことによりなりたい姿に近づけるのです。

 

 

諦めることで未来が広がる

日本においては「諦める」行為はネガティブな印象を与えるので諦めるときは結構勇気がいると思います。

 

でも、正直周りの目なんて関係ありません。

 

 

自分でなぜ諦めるのかが整理がついていて自分は違うやり方で目的を達成しようと思うのであれば、その方法を優先するべきです。

 

「諦」を漢和辞書を引くと「思い切る」「断念する」という意味よりも先に

「あきらかにする」

という意味が出てきます。

 

仏教においては、決してネガティブな意味ではなく「あきらかにする」というポジティブな意味が先行します。

 

今の現状を踏まえて、自分のできること、できないことを冷静に考えて行動することが本来の「あきらめる」という意味なのです。

 

だからこそ、自分のためにも諦める力をつけましょう。

 

それが自分の新たな一歩になることでしょう。

元陸上アスリートの為末大さんが「諦める力」に関して執筆されております。

 

ぼくが1ヶ月前に購入した時には定価1,620円だったのに今はKindle価格540円なんですね…

 

やすっ…

 

4時間もあれば読めるのでぜひ読んでみてください。

 

 

ちゃお!

 


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